風呂は命の洗濯
葛城ミサトさんが言っていた。
風呂は命の洗濯よ
って。
確かに、風呂は偉大だ。
肩まで浸かり、のんびりしてると身体は温まるし、疲れがお湯に溶け出していく気さえしてくる。
夢現のお風呂タイム。
イイ香りの入浴剤を入れたりしたら、なおのこと、素晴らしい時間がやってくる。
お湯に浸かりながら嗅ぐヒノキの香りはなんでこんなに心を落ち着けてくれるのだろうか?
やはり、風呂は命の洗濯だ。
命の洗濯ってなんなのさ?
てか、命の洗濯ってなんなんだろう?
何となくフィーリングで使っている言葉だが、命を洗濯、って冷静に考えると不思議な言い回しだ。
調べてみると、命の洗濯、はことわざらしい。
日頃の束縛から開放されノビノビと過ごすことを表す言葉だそうだ。
元は人形浄瑠璃で有名な井原西鶴の『好色一代男』に出てきて有名になった言葉らしい。
高級遊女が着物や持ち物を披露する姿は、華やかでとても命の洗濯になる。
的な言い回しで使われているそうな。
取り敢えず、目の保養、とかと変わらない言葉なのは理解した。
あと、鬼の居ぬ間に洗濯、の洗濯も命の洗濯のことらしい。
すごいな、命の洗濯、命がけだ。
まとめ
そんなつまらないことを考えながら風呂でブログを書く。
残業が続き、風呂にはいりながらしか、ブログをのんびり書く時間が取れない悲しみ。
時間に余裕を、懐に余裕を、いろいろ余裕を。
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